2009 09/10
- 特別展「福澤諭吉と神奈川」
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神奈川県立歴史博物館で開催中の特別展「福澤諭吉と神奈川」に行ってきました☆「未来をひらく福澤諭吉展」に負けず劣らず見応え満点の展覧会でした。今回は、特に印象に残った展示品をいくつか取り上げ、ご紹介したいと思います。ついでに馬車道の史跡巡りもしたので、そちらもご紹介します♪(続く)
◆福澤諭吉遺品 名刺と名刺入れ
「福澤諭吉」と書かれた名刺、草書体のものと楷書体のものがあるのですが、楷書体のものは印刷かと思ったら・・・違いました。わざわざ解説のところに「楷書のものも自筆」と書いてあるくらいです。思わず見蕩れてしまいました。
◆ルイス・クニフラー
福澤諭吉が横浜で唯一会話ができたと自伝に書かれているオランダ語の分かるドイツ商人、キニッフルことルイス・クニフラーの写真。現存唯一の写真で、初公開だそうです。
◆神名川横浜新開港図
当時の横浜のメインストリートの様子が描かれた絵で、越後屋(三井)が一番手前に見えます。通りの奥には外国人居留地があると解説に書かれてありましたが、これは博物館2階の常設展に外国人居留地の様子を復元した模型があったので、それと合せて興味深く拝見しました。
◆咸臨丸模型
福澤諭吉がアメリカへ渡った時に乗った咸臨丸がどのような船だったのかということが細かい部分までよく分かり、面白かったです。幕府がオランダから購入した蒸気軍艦だそうです。
◆カメハメハ4世 ハワイ国紋章
咸臨丸がハワイへ寄港した際に、ハワイ国王より贈られたという自筆のハワイ国紋章の画。国王との面会には福澤諭吉も参列したそうです。
◆中津風聞
小倉藩御用達の飛脚中原屋が福澤の郷里中津の風聞を書き留めたもので、「福澤はアメリカで殺され塩漬けで江戸に送られた」という内容のことが書かれています。福澤は帰国後にこの噂を耳にし、このことは『福扇自伝』にも記されています。
◆福澤諭吉 桂川甫周宛書簡と封筒
福澤が親しくしていた幕府の蘭方医桂川に出した辞書の貸与に関する手紙で、英語で書かれています。なぜかというと、英文で書簡を書く練習のため、だそうです。
展示の後半部分は、神奈川で活躍した福澤諭吉と縁の深い人々が紹介されています。塾出身で、丸屋商店(丸善)の初代社長を務めた早矢仕有的や、丸屋商店での経営手腕を福澤に認められ横浜正金銀行の創立委員になった中村道太、小泉信三の父で、早矢仕と共に中村を助けた横浜正金銀行設立の功労者小泉信吉、慶應義塾出身で横浜商法学校(横浜商業学校)の初代校長を務めた美沢進など、写真や資料が豊富に展示されています。
最後のコーナー「慶應義塾と神奈川」では、日吉校舎に米軍教育機関がおかれていた当時の様子の写真や、日吉キャンパス・矢上キャンパス建設時に発掘された弥生土器、湘南藤沢キャンパス建設時に発掘された縄文土器などが展示されています。
神奈川とのつながりという一点に焦点を当てて福澤諭吉という人物を描き出したこの展覧会、予想以上に面白く興味深いものでした。福澤諭吉の実業界での活躍を改めて思い知らされ、横浜から近代化が始まったというその空気、そしてそれを先導した福澤諭吉の力強さ、存在感の大きさをひしひしと感じました。見応え満点、充分満足の展覧会でした。
お昼は博物館内にちょっとレトロな感じのレストランがあったので、そこで癒され・・・
展覧会を見終わった後は、馬車道の史跡巡りをしました。馬車道には、「○○発祥の地」というのがとてもたくさんあるのです。結構な数があるので全てまわりきれるかしらと思いましたが、思ったよりも近くに密集し
ていたので、1時間もかからずにほぼ全てを見て回ることができました。今回私が見て来たのは、以下の15ヶ所です。
写真の開祖 岡倉蓮杖、日本で最初のガス灯、アイスクリーム発祥の碑、近代街路樹発祥の地、生糸貿易商 中居屋跡、横浜町会所跡、岡倉天心生誕の地、横浜商工会義所発祥の地、電信創業の地、神奈川運上所跡、外国郵便創業の局、電話交換創始の地、マンホールと下水道の遺構、日米和親条約締結の地、英一番館跡。この他にも、救急発祥の地、ホテル発祥の地、鉄道創業の地、日本ガス事業発祥の地などがあるみたいです。改めて、日本の近代化は横浜から始まったのだなぁということを実感いたしました。
馬車道の街をこんなに歩いて回ったのは初めてでしたが、異国情緒溢れるお洒落な街でした。レンガ敷の歩道の所々に埋め込まれているタイルや、街灯のデザインなど細かい所まで気が利いています。素敵なレストランもたくさんあったので、今度はお食事をしに来てみようと思います。展覧会を堪能した後の、馬車道散策、お薦めです。

